ブロンディからユングまで--ゲイリー・ラックマン氏の旅路

今年6月に刊行された担当書籍『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』(原題:Dark Star Rising: Magick and Power in the Age of Trump)著者のゲイリー・ラックマンさんは、ロックバンド「ブロンディ」の創設メンバーとしても知られています。

ブロンディ(1977年)。一番左がゲイリー。
Private Stock Records, Public domain, via Wikimedia Commons

ゲイリーがブロンディに在籍したのは、1975〜77年、および1997年(Wikipedia「ブロンディ」参照)。当時のアーティスト名はゲイリー・バレンタイン。楽器はベース担当でした。

ブロンディ時代のゲイリー(1976年)
Jean-LucCC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons

作家・橘玲さんがWeb連載「日々刻々」で本書をご紹介くださった際にも、「なぜ人気バンドのミュージシャンがオカルト研究家になるのか? それを知りたいと思ったのもこの本を手に取った理由だ」と書かれていましたが、同じ疑問を持っている方も少なからずいると思います。

そこで、10年前(2010年)と少々むかしですが、YouTubeにアップされていたゲイリーへのインタビュー動画に、彼がオカルト研究の道に分け入っていった経緯をたいへんコンパクトにまとめられていたので、ご紹介したいと思います。

動画のタイトルは、その名も「わたしの旅-ブロンディからユングまで」

意識・科学・ノンデュアリティ・スピリチュアリティをテーマとしたイギリスのTVチャンネル「Concious TV」のYouTubeチャンネルによる配信です。インタビュアーは同チャンネルの主宰者のひとり、イアン・マクネイさん。

当時のゲイリーの最新作『Jung the Mystic』(神秘家ユング、TarcherPerigee、2010)出版に合わせてのインタビューだったようです。

このインタビューによると、ゲイリーは子ども時代にもモンスター映画やコミックに少なからぬ影響を受けたそうですが、実質的にオカルトとの出会いを果たしたのは、1974年に仲間たちとと共にニューヨークにやってきたとき。

黒魔術、五芒星、UFO…60年代の余韻のような本が身近にいっぱいあったのでそれらを読むように。ある日、友人がクロウリータロットを持ってきて、みんなで即席リーディングをやったり、ということもあったそうです。しかし、そのときは超自然事象にとりたてて強い興味があったわけではない、と語っています。

そこに大きな転機をもたらしたのが、それらのオカルト的テーマを独自のコンテクストで見ていたコリン・ウィルソン。ウィルソン自身だけでなく、彼の70年代初頭の作品群に含まれていた現象学、西洋哲学、サルトル、実存主義、ニーチェ…などなどの思想には大きな影響を受けるようになったとのこと。

『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』でもニーチェの「Power」(権力/力)はキー概念のひとつとなっていますが、ゲイリーはそれについてインタビューでこう語っています。「ニーチェの”超人”(Übermensch)は、一般には、超常的な能力を持つスーパーマンというように理解されているが、これはコミックなどの影響が大きい。実際の超人とは、読書、音楽、詩などでも普通に触れられるものなのです」

ちなみに『トランプ時代の〜』における「超人」の定義はこちら。

ニーチェはこう説く。人生とは「何度も打ち克たねばならぬもの」だ、と。ニーチェの「Übermensch」——通常は「特別な人」(superman)として誤訳される——は、半神でも人びとの上に君臨する支配人種でも なく、自分自身を「克服」(overcome)した「超克する人」(overman)なのである。

『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』113ページ

第二の転機となったのは、1981年のロサンジェルスへの活動拠点の移動。これ以降、「より深いスピリチュアルの探究」に入ることとなりました。

最初に関わったのは、クロウリー系の魔術団体。魔術やグノーシス系の儀式をおこなう組織だったそうです。しかし、ほどなく、クロウリーの思想の閉鎖性や利己性、メンバーたちの受動性に違和感を覚えはじめたゲイリーは団体からは距離を置き、ふたたびC・ウィルソンの本を読み進めるように。そして書籍を通して、ウスペンスキーやグルジェフなど、深い洞察に富む思想家に邂逅します。また、同時期、自分の中に存在する闇との対峙というユング的コンテクストからのグノーシス主義への関心も芽生えます。

1982年からは、グルジェフワークをおこなうニューヨークの小さなグループに1年間参加。そのグループのエクササイズはとても古典的で、ゲイリーはそこで「体感覚を味わう」「すべては感覚から起こる」と実感する”sensing”や、そうして感覚を高めることで「内なる世界は外の世界でもある」「それと同時に、自分自身の存在に気づく」という”self-remenbering”などの作業を続けます。ゲイリーはこれらのワークによってエナジーやパワーが走ったように感じる経験も得ますが、一方、「やる価値がないと思うことを自分に許してはいけない」とも言っています。「なぜなら、何かに取り組むということは、わたしたちが自由や自由意志を持つことの証であるから。そこが決定論との違いです」

40歳ころからは新たな変化の波が。家庭生活での波乱、ブロンディー再結成への誘いとともに、学びの分野では、大学にも戻って哲学の学位を取得。一時、ロサンジェルス最大のメタフィジカル書店「Bodhi Tree Bookshop」(2012年に実店舗は閉店。現在はWebストアとして再開)やカリフォルニア大学に勤務していた時期もありました。

1996年には書籍執筆に専念するためにロスからロンドンへ移住。「自分にとって大きな賭けだった」と語っています。

この間にゲイリーが大きな関心を持ったのがルドルフ・シュタイナー。80年代後半〜90年代前半にアメリカではシュタイナー思想のムーブメントがあり、勤めていた書店にも棚一面のシュタイナー本があったとか。ドイツ観念論などについての哲学的著作の一方、アトランティスや転生などについても書くという”不調和”に魅せられたのだそうです。

ゲイリーが特に影響を受けたのが、イギリスの思想家オーウェン・バーフィールド(1898-1997)による、コールリッジらロマン派作家とリンクさせた「想像力」に焦点をあてたシュタイナー論。彼の作品から「想像力は ”vital active force”(生ける活動的な力)であり、虚構や模倣ではない、真に創造的なエネルギー」であるという知見を得た、と語っています。また、シュタイナー、バーフィールド、さらにはジャン・ゲブサーにも相通ずる「意識の進化」というテーマにも強く興味を引かれています。

そしてもう一人、このインタビュー時の新刊の主人公でもある、C・G・ユング。70年代初期、カウンターカルチャーのカノンのひとつだったユング作品を、ゲイリーも早い段階から読んでいたそうです。「ユングもグノーシス的であり、”わたしたちは本当は何者であるか”、つまり個性化=わたしたち自身になることを説いており、それは自分自身のこれまでの旅についても説明してくれた」

しかし、ユングもシュタイナーも決して読みやすくはなかったため、科学・哲学/オカルト・神秘という彼らの相反的な思想が語るものを引き出してまとめたい、と考えたことが彼らについての書籍執筆のきっかけになったとのことです。

ユングは夢分析で有名ですが、ゲイリーも非常に長期間、夢日記をつけており、ユングが『赤の書』に綴ったこととの共通点を感じているとのこと。「無意識は現実となる」「わたしは無意識を現前として感じ、夢やシンクロニシティのなかでそれをかたちあるものとして感じた」「ユングとシュタイナーの本を書いてても、内と外の体験はひとつであることを感じる」

* * *

インタビューはここで結びに入っていきますが、これを観て、わたしは、『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』には、本当に、これまでのゲイリーの歩み、問い、思索のすべてが込められているんだなあ・・・・・と、ジーンとせずにはいられませんでした。

このインタビューからわかるのは、ゲイリーはオカルト・神秘思想を客観的に批評するだけでなく、みずからも秘教ワークの実践者であったこともあり、ミュージシャン活動や読書にくわえ、その体験からみずからの思想を紡いでいるのだということです。

ゲイリーはインタビューの末尾で、自分にとってのキーワードは「presence」だと言っています。presenceとは、こちらのページ(ウィルバー哲学に思う)によれば、「現前=今ここにある」ことであり、今この瞬間に起こっていることに十分に目覚め、受容することであるということです。

「現前」を感じるということは、世界そのものが有する驚異にアクセスする扉が開かれるということでもあります。これについて、『トランプ時代の〜』でゲイリーはこのように書いています。

ポジティブ・シンキング、ニューソート、ケイオス・マジックは、世界を客観的に、そして、自分自身の欲求のレンズをとおさないで眺めるときに立ちあらわれる、非個人的な意義や価値についての説明を忘れてしまっているように思える。これは、わたしたちがものごとを、自分の欲望から離れて、欲望の対象や自分の通り道にある障害物としてではなく、それ自体の内にある実在としてみるときにやってくる「新鮮さ」 や「他者性」である。偉大な音楽、芸術、文学、思想は、その感覚を教えてくれる。それは、春の朝、満天 の星、日没、もしくは一杯のワインからでさえ受け取ることができる。これらは詩人ワーズワースが「存在の知られざる状態」と呼んだもの、すなわち、世界がもつまったくの未知性、複雑さ、おもしろさの感覚を届けてくれる。

わたしたちは目標に集中し、「ご褒美に目を」向けつづけることで、目標を達成することができる。だが、客観的現実の息づかいや新鮮さ、生命力——文学者のジョージ・スタイナーが「最高度に無益」と呼ぶものなくしては、わたしたちの求めるものは矮小化されてしまうだろう。自分勝手に振る舞うことや、これまでみてきたグルや「ライトマン」たちのように、自分のほんの小さな気まぐれが重要事としてあつかわれるのを期待するのに慣れてしまうかもしれない。自分には無関係だが謎であるがゆえに夢中になること、それは人間の特性である。このことは、個人的な目的のための手段ではなく、それ自体が目的となって、世界やその神秘への興味を刺激する。これが「驚嘆する心」の本質だ。エマーソンやウィリアム・ジェイムズらニューソートの初期の提唱者たちはこのことの重要性を知っていた。だが、どこかの時点でそれは失われてしまったようだ。 

『トランプ時代の魔術とオカルトパワー』294-5ページ

想像力を媒介とした意識や心の力は、何か目標を達成するというポジティブなことにも使えることは確かですが、それは一歩間違うと、想像力を濫用して都合のいい現実をつくったり、人を支配しようとしたりする欲望にもつながるかもしれない。

精神世界の探究を通して、意識や心の持つ力を実感すると同時に、それが秘める危険性も強く感じていたであろうゲイリーにとって、トランプはじめ、権力の座を求めるグルやデマゴーグたちの思想や行為の本質は、問わずにはいられないテーマだったに違いありません。

とても素晴らしいインタビューで、特に、最後にインタビュアーのマクネイさんが用意した ”サプライズ”が傑作!!なので、ゲイリーやオカルト事情に関心のある方はぜひぜひ動画本編や本書もチェックしてみてください😉✨

それでは、本を一緒に作ってくださった皆様・現場で販売くださった皆様・お読みくださった皆様、本年もありがとうございました!

どうぞよいお年をお迎えください🎍